第172章

高橋遥は去り、稲垣栄作は彼女を探さなかった。

古屋さんに言ったように、彼は彼女に自由を返し、彼女の望む生活を送らせたのだ。

稲垣栄作は徐々に慣れていった……

高橋遥のいない生活に、稲垣七海が傍らにいない日々に。そして彼は二人についての情報や言葉の欠片さえない状態にも慣れなければならなかった。時折、彼は高橋遥が冷酷だと感じた。彼女はこうして去ってしまったのだから。

時は矢のように過ぎ、春が去り秋が来た。

十月。

稲垣グループ社長室。

稲垣栄作は執務机に腰かけ書類を処理していた。午後の秋の陽が掃き出し窓から斜めに差し込み、彼の周囲を照らし、神々しいほどに美しく見せていた。

ドアが...

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